第1回 10月12日「進化認知科学の目指すもの」 長谷川寿一(東京大) 要旨:新しい世紀に入り、環境・エネルギー問題、人口問題、民族紛争を抱えた人類 は存亡の曲がり角にさしかかったといっても過言でない。進化認知科学(あるいは進 化心理学)は、生物としてのヒト、進化的存在としてのヒトという観点から、人間科 学を再統合し、人間性がどこから生まれ、どこに向おうとしているかを考える新領域 である。ここでは、人文社会科学と自然科学との融合やヒトと類人猿との比較研究が なぜ不可欠かを論じる。 第2回 10月19日「グルーミングする視線―コミュニケーション装置としての目の進化」 小林洋美(JST)、橋彌和秀(九州大・人環) 要 旨:多くの動物にとって「自分が見られているかどうか」を速やかに検出することは重要である。目玉模様に対する回避行動が様々な種で確認されていることも この一例である。検出された「こちらを見つめる目(Directed Gaze)」は、捕食者や同種他個体の敵意や怒りのシグナルとして処理され、回避行動を引き起こすと考えられる。 しかしヒトにとっては、「見つめる目」の意味はそれだけではない。敵意とは正反対に、「意思」・「誠意」・「好意」を伝達するシグナルにもなり得る。「見 つめる目」がヒトにおいて融和的なシグナルとして作用していることは、他種との比較から考えるとかなり特殊な現象である。 小林と幸島(1997;2001)は、霊長類の目の形態を比較し「ヒトの目が最も横長で強膜(白目)が広く露出していること、この強膜に色素がないのはヒ トだけである」ことをあきらかにし、その特徴が体サイズや生息環境等の要因を反映していることを示した。さらに我々は、ヒトの目の形態的特徴が、前述の要 因だけでなく、生息集団の群れサイズや大脳新皮質率という、「社会的」要因とも強い相関を持っていることを見出した。 相手に検出されずに情報を収集する上で有利な「眼球運動によるスキャン」は、社会関係を維持することの利益が高まるに従って、最小限のエネルギーによっ て実現できる(社会関係を維持する機能を持つ意味で)「グルーミング」としても機能しはじめたのではないか。情報処理能力の拡大も、視線シグナルの多義化 に貢献しただろう。さらに、ヒトに特異的な強膜の白色化は、視線方向を顕在化させることでコミュニケーション装置としての機能を確実なものにしたと考えら れる。ヒトは進化の過程において、社会関係を維持する上で効率の良い方法を獲得してきた。そのひとつが言語(Dunbar, 1993; 1996)であり、もうひとつが、「見つめる目」・視線を交わすというコミュニケーションだったのではないだろうか。 第3回 10月26日「こどもの言語獲得」 小林春美(東京電機大) 要 旨:人間にとって言語能力は、進化の過程で獲得した明らかに極めて重要な能力である。言語には音声、語彙、文法、語用(言語使用)の4つの側面が区別され るが、最近の研究によりそのいずれの側面においても、人間は生得的に準備されているか、または発達の非常に早い段階で基盤的能力が発揮されることが確かめ られている。幼い子どもは一見ことばをやすやすと学ぶように見えるが、言語獲得研究が進むにつれ、子どもは実は非常に難しいタスクをこなしていることが明 らかとなってきた。本講演では語彙獲得あるいはことばの意味の獲得に焦点をあて、最近の言語・発達心理学における研究成果とますます深まる謎、今後の問題 について述べる。 第4回 11月 2日「霊長類の社会的知能」平田 聡(林原類人猿研究センター) 要旨:複雑な社会のなかで、他者とうまく付き合いながら生きていくためには、高い 知性が必要であり、このことが知性の進化を促す原動力になった。知性の進化に関す る社会的知性仮説は、このように主張する。この仮説の妥当性を確かめるには、ヒト 以外の動物における社会的知性を比較検討することが有効である。ヒトに最も近縁な 動物であるチンパンジーの研究事例を中心に、ヒト以外の霊長類がどのような社会的 知性を備えているのか具体的に見てみることにしたい。食物をめぐる競合場面におけ る駆け引きやあざむき、他者から道具使用を学ぶ社会的学習、母と子のコミュニケー ション、他者との協力行動、オスとメスの取引などの例を取り上げる。あわせて、霊 長類の社会的認知に関する最近の議論を紹介する。 第5回 11月 9日「家族関係の進化心理学(仮)」 Debra Lieberman (Univ. Hawaii) 第6回 11月16日「性差の進化生物学的基盤」 長谷川眞理子(早稲田大) 要 旨:有性生殖する動物にはさまざまな性差が見られる。ダーウィンは、繁殖の機会をめぐる競争のあり方が、雄と雌とで異なるときに性差が出現することに気づ き、性淘汰の理論を提出した。性淘汰はもちろん、性差を生じさせる大きな原動力の一つであるが、繁殖の機会をめぐる競争のあり方の違い以外にも、性差を生 み出す圧力はいくつもある。それは、総合的には、雄にとって適応的な性質と雌にとって適応的な性質とが異なる場合に生じる、とまとめることができるだろ う。ヒトにおける性差を考えるにも、性差を生み出す淘汰圧について総合的に分析せねばならない。ヒトにおける性差の中には、文化的、社会的に生み出されて いるものもたくさんあるが、それらについてよりよく検討するためにも、生物学的性差の本質を理解しておくことが大切である。本講義では、多くの動物に見ら れる性差の原因を通覧しながら、ヒトにおける性差の起源を考えてみたい。 第7回 11月30日「社会的知性の進化(仮)」 Richard Byrne (Univ. St. Andrews) 第8回 12月 7日「発達科学と進化認知科学の接点」 開 一夫(COE 心とことば) 要 旨:乳児研究は進化認知研究に対してどのような貢献ができるのであろうか。逆に、進化認知科学的な視点は乳児研究に対してどのような知見を与えうるのか。 このセミナーでは、現在我々が行っている自己・他者認知,社会的認知に関連した発達認知神経科学的研究事例をたたき台にして、発達科学・進化認知科学双方 を活性化するための課題について議論したい。 第9回 12月15日「適応のための脳-身体相関」 大平英樹(名古屋大) 要旨:人間を含む生体は,ダイナミックに変化する環境を認識し,それに働きかける 行動を選択し,その結果を評価して行動を修正するという一連の過程により適応を図 る.従来の心理学においては,この問題を学習,感情,ストレスなどの別々の文脈で 研究してきた.本講義では,そうした生体の環境適応方略を,脳機能の観点から統一 的に読み替え,新たな視点による研究を拓く可能性について考えたい.さらには,環 境適応は脳だけにより担われているわけではない.古くはJames-Lange説,あるいは 最近のsomatic marker仮説にみられるように,脳と身体の相互作用的相関が重要にな る.神経イメージングと末梢生理反応の同時測定により,この問題にアプローチしよ うとする研究について紹介する. 第10回 12月22日「言語の起源と進化~構成論的方法によるアプローチ」 橋本 敬(北陸先端大) 要旨:人間は言葉を話す動物である。チンパンジーなどの他の動物も彼らなりのコミュ ニケーションシステムを用いるが、人間の言語はそれらとは異なる特徴を持っている。 この人間言語はどのように発生しいかにして今のような姿になったのかという疑問、 すなわち、言語の起源と進化という問いは昔から人々の興味を惹き付けてきた。近年 の様々な研究の発展により、ようやくその疑問に科学的に答えていけるのではないか というところまで来た(答えが出たわけではない)。本講演では、言語の起源と進化 の問題を概観するとともに、構成論的アプローチ、すなわち、対象となるシステムを 作って動かすことにより理解を試みるという手法により言語の起源と進化に迫ろうと する研究を紹介し、その可能性について議論したい。 第11回 1月11日「経済学と「進化」」 清水和巳(早稲田大) 要旨:「進化」はもともと経済学にはなじみ深い言葉だった。現在でも「進化する○ ○会社」とか「市場は進化する」とかいった表現を聞いたことがあるだろう。このよ うな「進化」概念はメタファーとして直感的な理解を促す役割を担ってきたが、近年、 「進化」概念はもっとラジカルな形で経済学に影響を及ぼしつつあるように思われる。 この講義では、進化心理学や進化倫理学の知見が、実証的・規範的経済学においてど のように活用されているのかについて、最近の研究動向を例にとりながら説明してい きたい。 第12回 1月18日予備日 |