2005年度 研究プロジェクトの目的と成果
人間進化学|心理言語科学|統合言語科学|計算言語科学|認知発達臨床科学
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人間進化学部門
心理特性とパーソナリティに関する内分泌行動学的研究
長谷川寿一
高橋泰城(PD), 坂口菊恵(院生), 沖真利子(院生)
プロジェクトの目的
唾液はヒトのステロイドホルモン動態を検討する試料として、非侵襲的で複数回の採取・保存が容易であり、生体内での活性レベルとより密接に関連するという点で優れている。本プロジェクトでは、継時的に採取された唾液中の複数種のホルモン濃度を液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析(LC-MS/MS)により同時測定し、心身の特徴の個人差との関連について検討する。これにより、実験的操作が困難な健常人の行動・健康状態に影響を及ぼす生理的機序について解明する端緒が得られると期待される。
2005年度の成果
【研究項目1】日を通じて複数回採取された、40・50代健常男性の唾液中男性ホルモン(Testosterone, DHEA)およびストレスホルモン(Cortisol)濃度と、質問紙を用いて測定された(a) 抑うつ・不安、(b) 睡眠の質、(c) タイプA的行動パターン・攻撃性、との関連を検討した。気分の低下や行動傾向の特徴はストレスホルモンと有意な関連性を示し、男性ホルモンとの関連は見られても弱いものであった。男性ホルモンの低下が中高年男性の気分障害と深く関係するという説の評価にはさらに検討が必要である。
【研究項目2】性周期を通じて採取された20代中心の女性の唾液中男性ホルモン(Testosterone, DHEA)と女性ホルモン(Estradiol)の動態と、性戦略の多様性と関連する行動特性との関連を検討した。Testosterone濃度はEstradiol濃度とある程度の相関を持って推移し、排卵前には急激な上昇を示した。ピーク時・及びベースラインのTestosterone濃度およびEstradiol濃度との比率と、男性ホルモンの性周期変動の特徴が、男性的な行動特性の発現と関連するか分析を進めている。
動物音声科学:社会的信号としての音声
長谷川寿一
高橋麻理子(PD), 角(本田)恵理(PD)
プロジェクトの目的
音声を発する動物は、ヒトを含め多くの分類群に存在する。本プロジェクトは、脊椎動物から無脊椎動物まで幅広い分類群を対象として、動物の音声が伝える情報、多種共存機構の中で果たす役割を調べ、音声コミュニケーションを行う動物に共通してかかる選択圧を整理し、音声信号の進化を考察することを目的とする。
2005年度の成果
1. アジアゾウの超低周波音コミュニケーション
スリランカのウダワラウェ国立公園において録音したアジアゾウの低周波音コミュニケーションを解析した結果、記録された31の低周波音には複数の音声パターンが混じっていることが示唆された。結果を第24回日本動物行動学会(2005年11月25日~27日、国際基督教大学)と第10回聴覚研究フォーラム(2005年12月3日~4日、同志社びわこリトリートセンター)において発表した。
2.インドクジャクにおける配偶者選択
私達はこれまで、放飼個体群を対象とした行動観察から、視覚的に性的二型の著しいインドクジャクの配偶者選択において、むしろオスの音声ディスプレイ(多音節コール)が重要な役割を果たしていることを示唆してきた。昨年度は、オスの多音節コール頻度のランク変化と交尾成功のランク変化が複数シーズン間で共変動することを確認し、ケージ個体を対象とした弁別実験によって、メスが5音節と1音節のコールを区別する能力を持つ可能性の高いことを明らかにした。また、インドクジャクと同時に同属他種のマクジャクの繁殖行動を観察し、Pavo属二種の間に視覚的なディスプレイの違いはほとんどないが、音声ディスプレイの頻度と性差に大きな違いのあることを明らかにした。今年度は、オスの求愛コールがオス間競争の機能も兼ねる(dual functionを持つ)可能性を実験的に確認する。成果の一部は日本動物行動学会(2005年11月)において発表した。
3.コオロギの歌の進化に及ぼすメスの選好性の影響
日本に分布するエンマコオロギ属コオロギの中で、分岐が古いと考えられているエゾエンマコオロギのメスに対してプレイバック実験を行った。その結果、近縁他種であるエンマコオロギやタイワンエンマコオロギのcourtship song(求愛歌)に対しても強く引き付けられることが明らかになった。コオロギの歌の進化を考える上で、メスの潜在的、前適応的な選好性の存在を知ることは感覚便乗仮説の観点から重要である。今回、エゾエンマコオロギのメスに認められた他種の求愛歌に対する好みが前適応的なものでオスの歌の進化に影響を与えてきた可能性については、今後、近縁他種であるエンマコオロギ、タイワンエンマコオロギのメスの好みを調べることによって明らかにできると考えている。17年度の研究成果は、第53回日本生態学会(2006年3月24日~28日、新潟朱鷺メッセ)において発表した。
チンパンジーの社会行動に関する行動内分泌学的研究
長谷川寿一
吉川泰弘
石田貴文
沓掛展之(学振PD), 池田功毅(院生)
プロジェクトの目的
ヒトを含む霊長類において、個体間の社会行動が内分泌とどのように関連しているのか、未解明の部分が多い。その原因として、時間的に精度の高い非侵襲的なホルモン測定方法が存在しなかったことがあげられる。また、過去の多くの研究が、社会行動とホルモン変動との関係を自然観察法によって調べるにとどまっており、その関係を実験的に検証することはまれであった。 本プロジェクトでは、三和化学研究所に飼育されているチンパンジー Pan troglodytes のオスを対象に、時間的なホルモン変動を鋭敏に測定できる非侵襲的測定方法を開発し、実験的につくりだされた社会的不安定状況下で、社会行動と内分泌の関連を研究した。
2005年度の成果
1. 唾液を用いたホルモン測定方法の確立
本研究では、綿ロープを用いた唾液サンプルの効率的な採取方法を確立し、唾液中のホルモン濃度(テストステロンとコルチゾル)の非侵襲的な測定に成功した。唾液によるホルモン濃度測定の信頼性と妥当性を、血液、尿、糞から測定したホルモン濃度との比較により検証した。その結果、唾液中ホルモン濃度は、尿、糞と比較して血液中濃度の短期的変動をより正確に反映しており、尿、糞よりも鋭敏な指標であることが確認された。この方法論は、チンパンジーのみならず、従来、サンプルを集めることが困難であったさまざまな種への応用可能性が期待される。
2. 社会的不安定さが内分泌に与える影響
本研究では、実験的に以下の社会的不安定状況を設定し、行動観察と内分泌測定を行った。
(1) オスのみからなる群れに発情したメスを実験的に出会わせ、オス間に繁殖をめぐる競争を発生させた。その結果、オス間に攻撃行動頻度とストレスホルモンの上昇がみられた。ストレスホルモンの上昇は、第一位オスにおいてとくに顕著で、劣位個体とは異なるホルモン動態がみられた。この結果は、繁殖をめぐる競争によって生じたストレスが、第一位オスにおいてとくに強いことを示唆している。
(2) 長期間、隔離飼育されていたオスを群れに再導入し、オス間に新しい順位関係を形成させた。その結果、すべてのオスにおいてテストステロンの急激な上昇が観察された。この結果は、オス間の順位をめぐる闘争が内分泌動態に明確な影響を与えていることを示唆している。
(3)個別に飼育されていたオス9頭で新しいグループを形成させ、オス間に順位関係を形成させる条件を設定した。この条件において、内分泌にくわえて、個体の健康状態の指標として、Epstein-Barrウイルス(EBVcmp)量も測定した。その結果、ホルモン動態やEBVcmp動態に大きな個体差が見られた。
これらの研究結果は、現在、国際査読誌に発表すべく投稿準備中である。
自閉症児の模倣と社会的認知
長谷川寿一
伊藤匡(PD), 國平搖(院生), 菊池由葵子(院生)
プロジェクトの目的
自閉症は(a)対人相互反応における障害、(b)意思伝達における障害、(c)反復的・常同的行動、の3つの障害からなる発達障害であり(DSM-IV; APA, 1994)、模倣、ごっこ遊び、他者への注意などにも障害を示す。しかし依然としてこれらの障害の認知的・神経科学的基盤については不明な部分も多く、これまでにも様々な議論や検討が行われてきた。本プロジェクトでは、特に自閉症児の社会性の障害との強い関連が示唆される、模倣、視線認知、顔認知に焦点をあて、実験心理学的な手法を用いて自閉症に関する基礎研究を進めている。自閉症児の基礎的な認知基盤を明らかにし、自閉症独特と言われる社会性の障害や発達についての知見を深めることが目的である。
2005年度の成果
東京都武蔵野市の武蔵野東学園の協力のもと、小学生から中学生の自閉症児および健常児を対象とした認知・行動実験を実施した。実施場所は東京大学駒場キャンパス、実施期間は平成17年8月~9月であり、小学校・中学校の夏休み期間を利用して研究参加者を募集した。行動実験としての模倣課題のほか、他者の顔に対する注意の程度を見る課題、アイコンタクト検出機能に関する課題、空間認知能力に関する課題といった認知課題も同時に実施し、様々な視点・手法からの自閉症理解をめざした。上記の課題すべてにおいて、自閉症児は統制群(非言語性IQを統制した健常児群)とは異なる独特の反応パターンを示すことが明らかになった。得られた結果・知見は、平成18年3月に行われた発達心理学会第17回大会にてそれぞれ発表済みであり、また、参加家族のうち希望者には個々人の結果をフィードバックするなど意見交換も行った。今後も自閉症児の認知的基盤解明をさらに進めることを目的とし、行動・認知実験に加えて神経科学的実験についても実施を検討中である。正しい自閉症理解や本人・家族への早期介入のため、今後も効果的な基礎データを提供していくことが課題である。
食行動に関する文化性と自然性
船曳建夫
プロジェクトの目的
幼保園において、園児の食行動について明らかにし、そのデータから人間の食行動における自然性と文化性の関係を解明する。
2005年度の成果
(1)プロジェクト開始時より、品川区西五反田のNPO法人による幼保園(幼稚園・保育園)で、0歳児より5歳児の食行動の観察を続けている。それに関しては、なお資料を収集し、分析を進める。
(2)2005年7月25日より8月11日まで、南イングランドにおける、0歳児の母子4例と、ロンドンの保育所一カ所にて、観察、インタビューを行った。目的は日本における幼児の食行動、および離乳の実態との比較である。その資料の整理分析は続行中であるが、いくつかの仮説、予測が得られている。
*離乳における運動とオノマトペー
日本における離乳行動に見られるオノマトペーを中心とした母親の行動は見られない。言語としては、言葉の一方的な言いきかせである。対する乳児はそれに対応せず椅子の上で食行動とは関係のない行動を繰り返す。中には、身振りや、運動で、食行動をうながす親も見られる。しかし、一般的に、離乳では、親子が対面的になり、言語が加わり、多くの点で、授乳時の母子関係とは異なる。
*離乳が「母乳」と共に政治的な問題であること
イギリスの公的機関では、離乳は6ヶ月、と指導されているが、90年代においては4ヶ月であった。そうした「公的」な数字とは別に、親たちは離乳時期を早める傾向がある。調査対象の親たちとは、この離乳方法と離乳時期について、何度も議論をしたが、そうしたことも含め、「離乳」が文化的な問題であるだけでなく、「政治的」であることが注目される。そしてそれは、人口ミルクか、母乳かとの政治的論争とも関係するだろう。
*ロンドンの保育所
そこでは食事の強制は日本より強くはない。開始を同時にすることの規範はあるが、食事のスピード、嫌いなものの克服などに目立った強制は行われない。しかし、食事を取り分ける際の自発性、他の子供のを取ってあげること、食事中に、他の子に、デザートを回す際の行動など、いわゆる「テーブルマナー」の強調が見られた。それは、日本の特徴として、文化人類学者が取り上げる「お弁当(obento)」の食事が、まさに個食として行われるのと対照的である。
*嫌いな食物、エスニック食材
家庭、保育所を通じて、イギリスの文化・社会に近代以前には存在しなかった、南アジアの食材、アジアの食材などが多く見られた。そうしたもの、たとえばコメの粥状のものなどは、イギリスにはない、離乳食にふさわしい食物として、やや過大に、評価されている。それは今回の例が特殊なのではなく、離乳食を紹介する書物などにも多く取り上げられ、イギリスの食生活全体の変換と関係している。
(3)2006年2月22日より、同24日まで、大阪吹田市、国立民族学博物館設置のHRAF(Human Relations Area Files)から離乳に関するデータの収集
*HRAFの離乳、および、それに関わる文化項目の検討、調査を行った。最終的には、A4で約750枚のコピーによる文献資料を入手し、その分析を行う。それは現在続行中であるが、今のところ、大きな傾向として分かったことは以下のようである。伝統的社会では、離乳の開始時は、いわゆる先進社会の「6ヶ月時」といった時期よりは大幅に遅く、3,4歳と記述されているケースも少なくない。また、離乳はたんに保険学的な問題ではなく、当該文化・社会の家族出産戦略、当該夫婦の性交渉、または性的タブーにも関わる問題としてとらえられている。
霊長類脳サンプルを用いた脳のプロテオーム解析
吉川泰弘
濱崎裕子(PD)
プロジェクトの目的
人類の脳は進化の過程で、複雑な環境への適応と自らを育む環境の改変を目指して、必然的により複雑な機能を担うものとして形成されてきたものである。特に、前頭連合野は、原猿類と分岐して真猿類となった段階から、急速に大きくなり、人類ではさらに画期的に大きくなっているが、このことは、真猿類以降の高度な集団、社会に対応するため、前頭連合野が発達したとも考えられている。 ことばや心の宿る場としての“脳”は、生命活動において、生理的、社会的に重要な役割を果たしているにもかかわらず、未だ解明されていないことが多く、その機能を理解するためには、分子レベルから組織、器官あるいは個体レベルにいたるまで幅広い視点からの解析が必要である。本研究は、カニクイザル脳における発現たんぱく質の網羅的解析(プロテオーム解析)を行うことにより、脳の機能を解明していくことを目的としている。
2005年度の成果
本年度は、脳内に発現しているたんぱく質の、年齢(個体発達)による変化について検討するため、成体カニクイザルの脳組織および新生仔の脳組織を用いて、2次元電気泳動を行い、プロテオミックディファレンシャルディスプレー法により各脳組織におけるたんぱく質の発現量の変化を網羅的に解析した。 2次元電気泳動法により、それぞれ約400のスポットを検出した。それらのうち、75%以上は同一のたんぱく質であると推測された。さらに、両者共通に発現しているたんぱく質のうち、22スポットに関しては、発現量に顕著な差異が認められた。現在、差異の認められたスポットに関して分析を進めている。 一方、2次元電気泳動後にPMF法を行うことにより、(1)チューブリン、ATP合成酵素、β-アクチンなどが脳組織における主要なたんぱく質であることが確認できた。また、(2)成体脳で確認されたNF-L、NF-66、NSE、GFAP、B-CKなどのたんぱく質の発現量が、新生仔では相対的に低いことが確認できた。 以上より、脳に発現しているたんぱく質は、個体の発達とともにプロファイリングが変化し、特に、新生仔では、脳の機能に関すると思われるたんぱく質が、まだ十分発現されておらず、生後、発達とともに脳内の発現たんぱく質が変化することにより、脳(の高次機能)が構築されていくことが示唆された。
先端的な形態学的手法にもとづいた人類の起源と進化に関する研究
諏訪元
プロジェクトの目的
本プロジェクトは人類の初源期から現代人の出現にいたる各進化段階における形態進化様式を可能なかぎり明らかにすることを目的としている。特に研究の中核となっているのは、1990年代に国際共同研究の一環として収集されたエチオピア産の人類化石群であり、これらは570万年前のアルディピテクス・カダバ、440万年前のアルデピテクス・ラミダス、それ以後のアウストラロピテクスとホモ属各種を含む。これらについて第一次の形態学的研究に携わると同時に、マイクロCT装置を使用した先端的な形態解析研究を展開している。
2005年度の成果
国際共同研究の一環として、カダバ猿人、ラミダス猿人、アナメンシス猿人などの未発表もしくは中途発表標本に関する形態学的研究に従事した。これらの成果については、今後順次、注目度の高い国際誌において発表する予定である。本年度には、まずは410から420万年前のアナメンシス猿人の新たな化石の研究により、440万年前のラミダスからアウストラロピテクスへの進化過程を論ずる研究をまとめた(出版中)。また、カダバ猿人(570万年前)の基礎形態解析の報告論文を作成中であり、そのため、ラミダス、カダバ、サヘラントロプスなど最初期の人類化石(400万から600万年前)の歯と顎骨の基礎データを再整備し、それらの解析を進めた。また、エナメル質厚さの進化とその系統論上の研究については、世界で初めてアウストラロピテクスの歯を3次元的に解析した。これらと現代人、現生類人猿との比較を進めると同時に、カダバとラミダスの位置付けについて予備的な結論を導いた。より新しい時代の人類進化に関する研究としては、ダカ原人の頭蓋化石(100万年前)のCT解析に従事し、基礎形態の報告に寄与した。また、原人から新人への進化パタンの背景的研究の一環として、現代人の頭蓋骨のマイクロCTデータの蓄積に従事した。
ヒトと大型・小型類人猿ゲノムの比較研究
石田貴文
西岡朋生(PD), 中山一大(PD)
西澤大輔(院生), 山本ライン(院生), 服部記子(院生)
プロジェクトの目的
本研究はヒトらしさを分子から解き明かすことを最終目的とする大枠のなかで、(1)精神・心理・行動につながる情動関連遺伝子と(2)霊長類の生殖・性淘汰関連遺伝子に焦点をあて、ヒトと類人猿間での異同をしらべ、ヒト化と種の特性にせまることを目的とする。
2005年度の成果
ヒトにおいて、塩基多型と精神疾患との間に関連が報告されている神経伝達物質関連遺伝子についてチンパンジーにおける塩基多型を探索し行動特性データと比較した結果、ニューロペプチドY遺伝子G-276C・ニューロペプチドY1受容体C-457AとYG性格テストの衝動性・情緒不安定性のスコアとの間にそれぞれ有意な関連があった。この結果から、チンパンジーにおいても、神経伝達物質遺伝子が個体の性格・行動に影響を与えることが示唆された。精液凝集の主成分であるSMG1タンパク質の構造を各種霊長類で比較した。テナガザルではSMG1の60アミノ酸リピート配列の数が1~2であり、一方、マカクではこのリピート数が6~10である事が判明した。これは、精液凝集の程度とSMG160アミノ酸リピート数の相関関係を支持するものである。またセルフリー翻訳系を用いたSMG1のin vitro合成系を確立した。これによりヒト以外の霊長類からのSMG1の合成が可能になった。
心理言語科学部門
ベイズ的アプローチによる遺伝決定係数の推定
繁桝算男
大江朋子(PD)
プロジェクトの目的
心理的な属性のそれぞれがどの程度遺伝によって規定されているか知るための, 天の配剤というべき双生児法であるが, 双生児法によって得られたデータから遺伝決定係数を見出す方法は確立されていない. 既存の方法は,たくさんの遺伝子が加法的に心理特性に影響しているという仮説に基づいており, この仮説は余り信用できない. また,この推定値の分布はもちろん,標準誤差も知られていない. 本プロジェクトは,より一般的な仮定の下に, 遺伝決定係数の推定値と分布を求めることを目的とする.
2005年度の成果
双生児法によって得られた多変量データに対する遺伝と環境の影響をパスモデル(より正確には,潜在変数を含む構造方程式モデル)として表現し,そのパラメータを推定するベイズ的方法を確立した.モデルに含まれるパラメータの推測は,MCMC法によって数値的に得られた事後分布によってなされる.この方法は,ブリティッシュコロンビア大学のKerry Jang教授のデータに適用され,精神病理的性質のおのおのについて,遺伝決定係数の推定値,および,95パーセント信頼区間などの統計量が得られた.また,このモデルは,遺伝子の影響の加法性を仮定せず,より高次の交互作用を示すパラメータを導入しているが,その事後分布によると,これらの複雑な性質について加法性が成立しているきわめて可能性は低いことが示された
言語処理の認知心理学・神経科学的研究
伊藤たかね
広瀬友紀
小林由紀(PD), 金丸一郎(言語情報科学専攻修士課程1年)
プロジェクトの目的
音素・形態素・語・文の各レベルにおける言語処理に関わる心内・脳内メカニズムを探るために,反応時間測定,眼球運動測定,脳波測定などの手法を用いた諸実験を行う。特に,(1)語の処理における記憶と演算との関係,(2)句・文の処理における統語情報と非統語情報との関係,(3)文の統語処理と作動記憶容量との関係に焦点を当てて考察を行う。
2005年度の成果
(1)については,記憶と演算という異なるメカニズムが語の認知に関与するとする二重メカニズムモデル(DM)を作業仮説として,(a)名詞化についての頻度効果実験・プライミング効果実験の結果の検討 (b)他大学研究者との共同研究で,使役動詞処理についてのERP測定実験結果の検討 (c)名詞化についてのERPプライミング実験の実施の3点を進めた。異なるメカニズムを反映する相違が行動実験の結果(a)と ERP(b)に観察され,心的なレベルとそれを支える脳内基盤のレベルとの両面からDMを検証することの重要性が確認された。同時に,行動実験では規則による語形成の出力が記憶されていることを示す結果も観察され(a),より包括的な語処理のモデルが必要であることが示唆された。(c)については現在結果を解析中である。
(2)の統語的曖昧性を含む表現の処理における非言語的諸情報の役割に関する研究では,言語産出時に呈示される視覚情報(指示物の特定可能性)を操作した各条件の発話データを得た。これらをさらに材料として得られた知覚(構造解釈)実験結果によると,統語構造の区別に寄与しうる韻律情報の現れ方は,発声者に与えられる視覚的情報のタイプにより,量的のみならず質的に異なることが示唆され,さらに聞き手と話し手の利用する韻律情報の間にも質的な違いがみられた。また,視覚情報の利用のされ方は、,言語学習者においては、学習言語の運用能力によって異なることもわかった。
(3)の文処理と作動記憶容量との関連については,ガーデンパス文の処理は作動記憶容量が小さい者はより時間がかかること,特に脱曖昧化領域における処理において差が見られることが示された。また,日本語の多義語を用いたガーデンパス文の理解においては作動記憶容量による差は見られなかった。
以上の成果および関連する業績は,国内学会発表3件,国際学会・ワークショップ発表8件,招待講演2件,国際学会プロシーディングス論文1編として公表された。
非言語コミュニケーションにおける視聴覚情報処理
佐藤隆夫
プロジェクトの目的
視線,指さしは,視覚的な情報による非言語的なコミュニケーションの中でも,最も直接的なコミュニケーション手段である.しかし,視線に関しては社会心理学的な研究において,視線,特にアイコンタクトの重要性が議論されているが,視線知覚の精度を細かく検討した例はほとんど無い.また,指さしに関しては実験的な研究がほとんど存在しないと言っても過言ではない状況である.そこで,視線知覚の精度,および指さしそのものの精度,指さしの知覚の精度,および,精度に影響を与える様々な要因について実験心理学的な検討を加えることが本研究の目的である.
2005年度の成果
視線知覚については,これまでコンピュータ画面上に提示した実物大カラー画像を用いて実験的な検討を進めてきた.しかし,こうした実験手段は,おおがかりであり,多くの被験者,とりわけ幼児や様々な障害を持つ被験者を対象に研究を進めるためには問題があった.そこで,本年は,紙に印刷した刺激による実験を実施し,コンピュータ画面とほぼ同じ傾向の結果を見いだすことに成功した.こうした刺激の実用性が確認されたので,今後,様々な場面,被験者に対して視線知覚の実験を遂行する道が開けてきた.また,指さしコミュニケーションに関しては,特に指差しを受ける側の周辺環境情報が指差しの知覚精度に与える影響について検討した.その結果,周囲に他者が存在する場合,自分が指されていると知覚する割合が低下することが明らかになった。周囲に人ではなく箱などの物体が存在する場合には人が存在する場合に比べて自分が指さされていると知覚される確率が高くなる.こうした結果はある意味,あたりまえの結果であるが,今後,この結果をベースに,被験者のパーソナリティーとの関連をはじめ,発達的な側面,様々な障害との関連を押さえて行きたいと考えている.
眼球運動と視認成績との連関
村上郁也
プロジェクトの目的
現代社会では、電光掲示板に流れる文字列を歩行中に識別するというように、視対象と観察者の双方が運動している状況で視覚認識をしなければならない事態がますます増加している。このような読字成績に深く関わるとされる眼球運動について、視覚課題遂行中の眼球運動を実測し、種類別にデータを分別する。それらの生起がいかに視認成績に影響を及ぼすかを、相関解析にて解明する。結果をもとに、人間の視覚情報処理系において眼球運動由来の網膜像の動きがどのように処理され、安定視野内で注意して文字を追いかけるなどの機能が実現しているのかをモデル化する。
2005年度の成果
眼球運動と視認成績との連関を定量的に調べるため、視覚刺激観察中の被験者の眼球運動を測定し、知覚印象との相関関係を調べている。今年度は、生成メカニズムの解明されていない新奇な錯覚現象として、「蛇の回転」錯視として知られる、非対称輝度勾配からなる静止図形にみられる動き印象をとりあげ、固視中の眼球運動量との相関を調べた。錯視量の推定値として、錯視を相殺するために必要な反対方向の実際運動速度を心理物理学的に測定した。また固視微動量の推定値として、固視中ドリフト成分の眼球運動速度の標準偏差をとった。同時計測した心理物理・生理データからこれらの統計量を導出して被験者間相関をみたところ、固視微動量と錯視量との間に有意な正の相関を見出した。さらに、視覚刺激を呈示画面上で固視微動様に揺らして錯視量の系統的変化を調べた結果、個人内において、微動量の増大にしたがって錯視量が増大した。したがって、今回調べた錯視においては、刺激観察中の固視微動に由来する網膜像運動が主要な誘発要因であると考えられる。このことから、固視微動はふだん意識にのぼらないものの、視認成績に影響をおよぼしていることがわかった。
統合言語科学部門
共通語化と言語変化(北京語の事例)
ラマール、クリスティーン
大堀壽夫
酒井智宏(PD)
プロジェクトの目的
言語変化には一つの閉じた大系内部の「自発的な」変化と、複数の言語体系が接触することによって生じる変化など、いくつかタイプがある。後者のタイプも、社会的状況によって多様であるため、実証が困難で、モデル化も難しい。本研究は、北京語が位置する「北方中国」の方言のフィールドデータと、清朝の文献データと、現代の標準語として定着した北京語を基礎とする「現代標準中国語」の三種のデータを照らし合わせて、言語変化のうち、共通語化(コイネー化)による現象を特定し、その原因と過程を分析する。あることばを使用する共同体の規模拡大及び組織の複雑化によって言語構造がどう変化するかをモデル化することが長期的な目的である。
2005年度の成果
今年度は、このプロジェクトの研究は独立した形ではなく、ラマール・大堀プロジェクトと合流する形で行なわれたので、独立した予算を執行しなかった。成果として、COEの初年度に、このプロジェクトの独立予算を立てて招聘したライデン大学の若手研究者(Katia CHIRKOVA)と、滞日期間中に行なった共同研究が論文の形で2005年12月、海外の学術誌に掲載されたことが挙げられる。
空間移動の言語化に関する対照研究
ラマール、クリスティーン
プロジェクトの目的
空間移動の表現法の認知科学的・類型論的研究を進める。とりわけ、このテーマについて研究が比較的に浅いと言えるアジアの言語(日・中・タイ・ベトナム・インドネシア・朝鮮語など)のデータの収集・整理・分析を通じて、現行の仮説の検証をしながら、新たなパラメータも提示する。検討には、単文レベルの文構造の側面から(ラマール)と、談話内での構文の機能という視点から(大堀)と二つのアプローチを導入する。大学院生の人材が十分である語種に関して(中国語・日本語など)データベースの公開を目指す。
2005年度の成果
17年度は、タイ語・中国語・ベトナム語・日本語・フランス語とハンガリー語に関する対照研究を行い、ドイツ語のデータの取り扱いもはじめた。
学外との共同研究:7月に Slobin氏の来日をきっかけにラマール、PDのケッサクン及びRAの古賀が神戸大学に赴き研究会に参加し、12月は松本曜教授が駒場で開催されたCOE主催のワークショップに参加するという形で、神戸大学の研究グループと有益な交流を推進した。
研究成果: 1. これまでの仮説に反して、アジアの諸言語において、直示経路と直示経路の同時表示が必ずしも一般的ではないことが判明した。 2. 中・越・タイ三言語の対照研究を通じて、使役移動事象の概念化と特定の言語の類型の相関関係が多様であることが分かった。
成果の発表: 今年は院生の活躍が顕著であった。プロジェクトに係わっている院生たちが12月3日に東京大学で開催されたワークショップで発表した研究成果を更に発展させて、今年の秋に国際学会(構文学会)で発表する準備をしている。ラマールもこのプロジェクトの枠で行なった研究の成果を11月に国内の学会で、そして12月にオーストラリアの国際ワークショップで発表した。
認知言語学の観点からの言語の多様性についての統合的理論の構築
大堀壽夫
プロジェクトの目的
言語の普遍性と多様性について、その概念的基盤やコミュニケーション上の機能という観点から考察する。認知言語学(西村)と機能的類型論(大堀)という、理念の多くの部分を共有しつつも、有機的統合の試みがなされなかった両分野について、統合的理論を提出すべく研究を進める。特に、カテゴリの拡張を言語使用の文脈内、および通言語的な変異の両面において考察する。また、通言語的に興味深い多様性を示す言語カテゴリーをいくつか取り上げ、それらの一般的属性を明らかにする。
2005年度の成果
西村はメトニミーに関わる諸現象の分析をさらに深化させた。主要な研究成果は、2006年に『認知文法論 II』(大修館書店)として刊行予定。大堀は類型論的観点から、接続語の多様性とそこにひそむ一般的傾向を探った。その成果は『日本語の研究』への掲載論文、および国際学会における招待講演で発信した。国際シンポジウムPhilosophical Foundations of Cognitive Linguisticsにおいて、各自の成果を発表した。文法学研究会の連続講演会において、文法上の「主語」という概念の理論的基盤を問い直し、RRGの観点(大堀)、および認知文法の観点(西村)から新たな知見を提供した。加えて、C. ラマールとの共同プロジェクトの一環として、ケッサクンはワークショップ「移動事象の概念化とその類型」において研究発表を行った。大学院生による国際学会発表も計4件あった。主催企画としては、「認知言語学の学び方2」を開催し、本COEの研究成果を広く知らしめることにつとめた。
Focussemantics, Wh-interpretation and plural interpretation
タンクレディ、クリストファー
戸次大介(PD)
日本語受動文の個別性と一般性
坪井栄治郎
プロジェクトの目的
態についての理論的な考察を主とした昨年のプロジェクトの成果を整理・総括した上で、日本語の受動構文の他の言語の対応構文との異なりを明らかにすることを試みる。具体的には、他言語のpossessor raising構文やethical dative構文との比較対照を行うことによって日本語の持ち主の受身の特性を明らかにすることと、日本語のニ受身が通常従う視点制約に違反していても許容される属性叙述受身の分析の精緻化を目指す。
2005年度の成果
昨年度のプロジェクトで行った理論的な考察を発展させた内容の”Semantic Maps and Grammatical Imagery: Universal and Language Specific Aspects of Grammatical Meanings”という研究発表を5月にフランス・ボルドーで開催されたFrom Grammar to Mind Conferenceにおいて行った。この発表に基づく論文がこのConferenceのProceedingsに掲載される予定である。7月には韓国・ソウルで開催された国際認知言語学会で”Viewpoints and Adversity in the Japanese Retained Object Passive Constructions”という研究発表を行った。これには日本語の持ち主の受身についての分析だけではなく、韓国語の持ち主の受身とされる構文との対照に関する考察も含まれる。日本語の持ち主の受身に対応するものとして先行研究で挙げられている例文が必ずしも能動文と対応する意味を持たないことを指摘し、このことを韓国語の「受身」とされる”-i”接辞による受動構文が日本語の受身文のような生産性を持たないことに関連づけて論じた。
日本語と朝鮮語の対照研究
生越直樹
プロジェクトの目的
類似点が多いとされる日本語と朝鮮語を対照し,両言語の異同を明らかにすることにより,言語の普遍性と個別性について考えてみたい。 両言語の対照研究は少なく,今後その研究の進展が期待されている分野だと考える。言語情報科学専攻には韓国人留学生も多く,日朝対照研究をテーマとしている学生も多い。扱うテーマは限定していないが,特にモダリティに関してはまだ研究が少ないので,特に力を入れて取り組む予定である。
2005年度の成果
日韓対照研究会を2回開催し,東北大学の堀江薫先生には日韓両語の名詞と動詞の連続性について,韓国の高麗大学の李漢燮先生には日韓対訳コーパス作成および利用について,それぞれ講演をしていただいた。いずれの講演も対照研究を進展されるにおいて,重要な考え方,材料を与えてくれるものであった。研究会では,大学院生の発表も2編あり,それぞれ現在研究中のテーマについて発表した。研究会は昨年度からこれまでに5回開催している。今年度は,これまでのプロジェクトの成果を報告書にまとめ,関係機関等に配付する。報告書には,これまでの対照研究会で行った講演・研究発表のうちいくつかと院生によるモダリティに関する研究論文を掲載する予定である。日韓対照研究に関してまとまった報告書はこれまでほとんどなく,今後の研究の進展に資するものと考える。現在2月刊行を目指して作業中である。
音韻論における理論的および実験的研究の進展
田中伸一
プロジェクトの目的
本研究では,海外における音韻理論に関する最先端の研究情報収集を行いつつ,日本における音韻理論の発展と発信のための一大拠点を,わが東京大学総合文化研究科の言語情報科学専攻に形成することを最大の目的とするものであった。すなわち,音韻理論研究のための継続的な人的ネットワークの拠点を目指し,それにより世界に発信できる独創的な音韻理論研究を行うための基盤づくりを行った。プロジェクト名は「音韻理論」を研究対象のテーマとしているが,音韻論・音韻史・最適性理論・認知音韻論・実験音韻論・調音音声学・音響音声学・聴覚音声学・認知科学など,広く「音」に関わる領域を巻き込んで,音声科学一般の理論的基盤になり得るような音韻理論の拠点形成を目指した。
2005年度の成果
今年度は,東大を拠点として「東京音韻論研究会」を月1回の頻度で開催し,日本人研究者や海外の研究者を招聘したり,あちらに派遣することを通じて,各地域の研究者を繋げてネットワークを作ることを遂行した。参加者には東京大学を始め,国内15大学,国外3大学に及び,常時20名前後のメンバーが揃った。また,本専攻の大学院生も積極的に研究発表を行い,情報発信を行った。また,「東京音韻論研究会」の開催のほかに,海外を中心とする音韻理論に関する勉強会(輪読会)を,学外を含めた若い研究者用に週1回開催し,学内の大学院生用に教育的配慮に満ちたオリジナル研究発表会も,週1回開催した。それにより,言語情報科学専攻を拠点として,広く関東を中心に音韻理論教育の機会を与え,この分野の底辺の拡大と底上げを行った。このような月1回の「東京音韻論研究会」開催,週1回の勉強会(輪読会),週1回の学内研究発表会の開催を,継続的な研究・教育拠点の大きな柱としたほか,「東京音韻論研究会」のホームページを日英語版で前年度より引き続き作成し,広報に努めた。
話しことば談話の分析:心的態度表意とその文法
藤井聖子
作田千絵(院生), 幸松英恵(院生), 車田千種(院生)
石田邦子(院生), パルティナ・エレナ(院生), 青木玲子(院生)
プロジェクトの目的
1)a) 話しことば分析における諸理論(発話単位 Intonation Units, 転記法理論、等)の吟味を行い、b) 話しことば談話データ(会話、対談、独話)を収集し、c) 言語分析用資料を構築し(収録視聴覚メディアの電子ファイル化・精密な転記作成・転記ファイル化)、d) 「談話と文法」に関する分析(語り談話の構造とその文法、Intonation Unitsと統語構造との関連、Intonation Unitsの機能構造、選好的項構造、指示表現、談話標識、それらの日英語対照、等)を行う。 2)特に、日本語と英語の話しことばにおける心的態度表意メカニズムを、実際の話しことば談話(会話、対談、独話)の分析を通して明らかにし、その機能と表意手段の文法を、「語用標識化」の観点から動的に探究する。
2005年度の成果
話しことば分析における諸理論(Intonation Units, 転記法理論、統語的ラベリング・機能的ラベリング、他)の概観・吟味をし、話しことば資料構築の方法(統一的収集方法、転記法)を確立し、大人の「語り」「自然会話」の収録と転記を行った。さらに今年度は、大人の談話データに加え、子ども(5才、7才、9才)の「語り」談話データを収集し言語資料化した。 本プロジェクトには言語情報科学の大学院生が参加し、共同研究体勢の中で研究教育を進めてきた。本プロジェクトでの共同研究の一貫として、日本語と英語におけるイントネーション単位と統語構造との関連の分析(作田・藤井)、語りにおける指示表現・選好的項構造の分析(青木・藤井)の第2段階を完了した。また、子どもの「語り」の談話能力と文法の獲得の分析(車田・藤井)、会話における名詞句省略とその復元メカニズムの分析(石田・藤井)を行った。これらの成果は、言語情報科学平成17年度修士論文(石田、車田)として報告した他、UTCP-ECS国際シンポジウム、国際認知言語学会(韓国)、日本言語学会、言語処理学会等において発表した(Fujii 2005, Fujii & Aoki 2005, 作田・藤井2005, 青木・藤井2005, 石田・藤井2006)。さらに、話しことばにおける機能語(接続形態素、補文標識、他)の発話末用法・終助詞化の研究を進めてきている。特に、理由・条件・譲歩を表わす接続形態素の発話末用法(藤井・幸松)や、引用を表わす補文標識の発話末用法(藤井・加藤)を分析した。
中国語の全称詞(UniversalQuantifiers)構文に関する認知言語学的研究
楊凱栄
プロジェクトの目的
中国語における全称詞(Universal Quantifiers)構文は複数の方法で表すことが可能である。 これらの構文は集合メンバーすべてが述語と何らかの関係を持つという点においては同じであるが、 その関わり方はそれぞれ異なる。この研究プロジェクトではメンバーの集合が述語と関係を持つときに、われわれ人間の集合に対する認知の仕方の違いがそれぞれの構文に反映されているものと想定し、スキャニングという観点から、構文間の表現機能がどのように異なるかを明らかにしていきたい。また日本語の全称詞構文との対照研究も視野に入れて研究を行う予定である。
2005年度の成果
この研究プロジェクトでは同じ集合のメンバーを指すことのできる「個々+(都)+VP」と「一個々+(都)+VP」と「一個一個+(都)+VP」の三つの構文の相違を考察し、次のようなことを明らかした。いずれの構文も集合メンバーに対するスキャンを行うのであるが、「個々+(都)+VP」におけるそれぞれのメンバーは主として外部的特徴を描写される対象として登場し、スタティックな述語としか共起しないことから、メンバーに対するスキャンは時間とともに展開されな。したがって、命令文などに用いられない。また個々のメンバーの状態よりも、集合全体の状態がプロファイルされる。「一個一個+(都)+VP」構文はそれぞれのメンバーが描写される対象としてよりも、連用修飾語の形で述部の一部として、主語や目的語に対する叙述や描写に加わる。動的な述語と共起可能であることから、メンバーに対するスキャンは時間とともに展開され、命令文に用いられる。集合全体よりも個々のメンバーがプロファイルされる。「一個々+(都)+VP」構文は両者の中間に位置し、描写される対象としてそれぞれのメンバーを指し示すことも可能であるし、述部の一部として描写や叙述の一部にも加わることが出来る。メンバーに対するスキャンの際集合全体が背景化され、個々のメンバーが前景化される。
計算言語科学部門
動詞語彙概念構造レキシコンの構築
加藤恒昭
伊藤たかね
畠山真一(言語情報科学専攻助手)
プロジェクトの目的
動詞の意味記述である語彙概念構造(LCS)の数千語規模の計算機処理可能なレキシコンを構築する.構築されたレキシコンは,一般公開し,言語学,自然言語処理技術のインフラ(言語資源)として普及を図る.また,構築の過程で以下を行っていく.
・LCSの(数千語レベルで矛盾を起こさない)形式的な仕様の確立
・その範囲で説明可能な事象とそうでない事象の分類
・動詞の様々な振る舞いに関する(LCSを通じた)体系化,特徴付け
・上記体系の中に個々の動詞を分類するためのテスト手法の確立
2005年度の成果
昨年度実施したLCS辞書構築のためのアンケート結果の網羅的な分析を実施した.本アンケートは,主に動詞の有限性 (telicity) と状態性 (stativity) に関する特性を明らかにするもので,和語動詞を中心とした基本語彙約1000語に関する4名での実施の結果,その約半数について3名以上の判断が一致していた.その判断が示唆する LCS について分析した結果,活動動詞,働きかけ動詞,変化作成他動詞で正しい分類がなされていない場合がある一方で,移動動詞,状態変化自動詞,状態動詞については精度の高い分類が行われていることを確認にした.また,典型的な動詞の 7 割を適切に分類していた.これらの分析を通じて,考案したアンケートがLCS 推定の根拠を適切に提供していることが明らかとなった.分析結果は「レキシコンフォーラム」投稿論文としてまとめた.これらの分析に加えて,公開に向けてのデータ整理作業を継続して実施した.
直示的な移動経路表現における有界性
中澤恒子
プロジェクトの目的
移動を表す動詞のうち、「行く」「来る」など発話者との位置関係を不可避的に表わす直示的な移動動詞は経路動詞(意味内容の一部として、その経路を含む移動動詞)として分類される(Talmy 2000)。経路の形式化において、有界な経路は、移動動詞と共起する場所表現が到達地であることを示し、有界でない経路はそれが移動の方向であることを示すが、前者の、有界な経路を表す移動表現は、到達地を示すゆえに移動主体の到達を含意する。本研究では、諸言語の直示的移動動詞の意味内容における有界な経路の分布を分析し、経路の有界性と、直示的中心や時間表現の解釈との関連性を探ることを目的とする。
2005年度の成果
本研究では、日本語、英語、独語、中国語、錫伯語など「行く」「来る」に直接対応する二項対立の直示的移動動詞表現を持つ言語に加え、「二方向移動動詞」と言われる移動動詞を持つザポテク語、マヤ語、ジャカルテック語などの言語を対象とし、直示的移動表現における到達地と有界性の関連についての調査を行った。その結果、(1) 直示動詞と共起する時間表現が義務的に到着時刻を表すのは、経路が有界である場合に限られる、(2) 直示動詞が表す経路が有界なのは、経路が直示的中心に向かう場合に限られる(到着を含意するのは、話者による到着の認識が可能な地点への移動経路を表す動詞に限る)こと例証した。これがすべての自然言語における、直示的移動表現の普遍的な性質であることを結論するためには、さらに広範な言語における調査を待たなければならないが、どの言語においても、義務的に到着時刻を表す時間表現は、直示的中心に向かう経路を持つ移動動詞(「来る」etc.)と共起することが予測される。
外国語作文における誤りの自動抽出
田中久美子
プロジェクトの目的
2005年度の成果
今年度の研究活動には、以下に具体的に示す3つの内容のほか、既存の研究成果の対外発表を行った。特に、外国語作文を支援するツールKiwiについては、今年度の世界的レベルの国際会議で受賞した。今年度の研究内容には、主に三つの成果がある。
1. 基礎技術の研究: 誤りを含む文章を既存の形態素解析や構文解析器で解析することには限界がある。そこで、誤りや現代的な用例を含む文章であっても、ロバストに解析を行うことができる解析ツール群を作成することを目指し、言語に内在する統計的性質の解明を行っている。今年度は特に、
-単語内の情報量の偏りに関する研究
-情報量変化と文脈の切れ目の関係に関する研究
を行い、発表を行った。
2.外国語の作文とその校正からの校正ルールの自動抽出: 英語を母国語としない著者によって書かれた英文と、英語を母国語とするプロの校正者によるその校正から、英文校正用ルールを 自動抽出する研究を行っている。元文書と校正済み文書を編集距離を利用して対応をつけ、差分から自動で校正ルールを抽出する。得られたルールの有用性を現在検討中である。本研究は今年度始めたもので、対外発表は来年度行う。
3.webによる外国語学習支援ツールの再編: 2003年から運用している外国語学習支援ツール「天神」のユーザインターフェースや基本機能を一新した。本システムは自動採点機能付きのwebレポートシステムである。現在は、大学1、2年生の外国語講座で使われているほか、通常のレポートシステムとして大学院の授業でも使われている。これに関する研究としては、学生が回答に行き詰った際にヒントをインタラクティブに与える機能を考案、実装中である。
認知発達臨床科学部門
NIRSおよびEEGを用いた乳幼児の脳活動計測-比較発達認知神経科学アプローチ-
開一夫
長谷川寿一
福島宏器(学振DC), 平井真洋(PD), 松田剛(PD)
大塚明香(PD), 上野有理(PD)
プロジェクトの目的
本プロジェクトでは,心や言語機能の基盤と考えられる社会的コミュニケーションの神経メカニズムを発達的な視点から明らかにする.本年度は昨年度に引き続き,乳児の脳活動を非侵襲的に計測可能な近赤外分光法(NIRS)および脳波(EEG)/事象関連電位(ERP)計測の2つの手法を用い検討した.具体的には,自他弁別,自己認知,他者知覚,模倣,母子間相互作用などに焦点をあてた脳活動計測を中心に研究を行った.
2005年度の成果
健常成人および乳幼児を対象とした行動実験にあわせて,高密度脳波計を用いた事象関連電位(ERP)計測法や近赤外分光法(NIRS)による脳活動計測を行った.具体的には以下の4項目を中心に研究を進めた. (1) 他者の行為の評価と共感性に関わる神経活動の検討(ERP計測実験) (2) 他者運動(バイオロジカルモーション)知覚における視覚的注意の影響(ERP計測実験) (3) 乳児における他者運動観察時の脳活動(NIRS計測実験) (4) 乳幼児におけるコミュニケーションの随伴性が認知発達に果たす役割(行動実験) これらの研究結果として, (1) 他者への親密度や共感性の高いものほど,自己が失敗をおかした場合のパターンに相似すること (2) 他者運動知覚時においては視覚的注意による影響を受けること (3) 乳児においても他者運動観察時には運動野が活動すること を新たに示した.特に,(1)(4)は投稿中,(2)はCognitive Brain Research誌に掲載済み,(3)は査読中である.
精神病理の発生メカニズムと治療的介入についての認知行動アプローチ
丹野義彦
森脇愛子(PD)
プロジェクトの目的
進化心理学の立場から精神病理の発生や予防を考えた。精神病理は人間のネガティブな部分であるが、人間の進化の過程で生き残ってきた点を考えると、進化的な意義があると考えられる。そこで、抑うつ・不安障害・統合失調症型人格障害(妄想的観念,自我障害)など臨床場面や日常場面でよくみられる精神病理について、進化の観点から、臨床研究や非臨床アナログ研究をおこなう。アセスメント(半構造化面接法、質問紙法)の開発や翻訳、青年層における発生頻度と記述の研究、発生メカニズムの検討(調査データの共分散構造分析を用いた解析や実験的検討)、発生の予測(脆弱性ストレスモデルにもとづく発生の予測の研究)、発生の予防(認知行動療法を応用した介入と相談)をおこなう。
2005年度の成果
進化心理学の立場から精神病理の発生や予防を考えるため、大学生を対象としてネガティブな感情や思考のメリットについて自由記述を求め、それをKJ法によってカテゴライズした。その結果をもとに,ネガティブな感情や思考のメリットを測定するための尺度を作成し,大学生を対象に実施した。二次的な因子分析の結果,第1因子「自己の形成」と第2因子「周囲との関わり」とに分かれた。これらについては、日本心理学会で発表し、また国際誌に投稿した。また、進化精神医学からみた精神病理についての先行研究をレビューし、それを紀要論文3報にまとめた。さらに、進化の観点にたてば、精神病理に対する認知の仕方を変えて、精神病理をうまくコントロールしながら共存していくという認知行動療法的アプローチが望ましいと考えられる。そこで、認知行動療法の基礎的なメカニズムを実証的に研究した。その成果は、著書(分担執筆を含む)7点、国際誌(Cognitive Therapy and Research)および国内誌(心理学研究およびパーソナリティ研究)への掲載論文3点、総説3点にまとめられた。